念風鬼3「そろそろ、播磨に文が着いたたころかな?」葛葉は夜空を高欄に寄り掛かりながら見つめている。 葛葉の側には手のひらにわずかな光として燭台のようにほぞぼぞと火を灯している式神の炎が、苦笑いをした。 「死にものぐるいで飛んでいったからねぇ…着いたと思うよ」 氷は今日中までに播磨に文を届けなかったら、帰ってきた時に母様の刑に処されるので、 葛葉が文を書き終えた後すぐに必死に飛んでいったのだ。 葛葉はその時の氷の様子を思い出して、うふふふっと笑った。 「何がそんなにおかしいのかな?葛葉」 その人物は足音を忍ばせて、渡殿を渡り葛葉のいる東の対(葛葉の部屋)まで来た。 この人物はいつも葛葉を驚かせるために忍ばせて渡ってくる。 葛葉は満面の笑みでその人物を見る。 「おかえりなさい!とー様ぁ!」 ぱっとその場を立ち上がると、父、安倍晴明に抱き着く。 この時代の姫はそんなことはしないのだが、この家の家風は世間ととてもずれている。 スキンシップ旺盛な父子はしばらくお互いの温もりを確かめた後、幸せいっぱいな顔を見つめあいながら、家族の会話へと入る。 「父様、今日も遅い帰りなのね。仕事が大変だったの?」 「とても大変だったのだよ。 とても疲れたけど葛葉の顔を見るだけで疲れが吹っ飛んでしまった」 もうすぐ40になるとは思えない程とても若々しくて美男な晴明の顔は父の顔になっている。 葛葉はとても若く見えて美男でとても優しい父がとても大好きで自慢だった。 「そういえば氷の姿が見えないが…どうしたんだ炎」 「それが…播磨まで使いにいっています。葛葉様の怒りを買い北の方様の刑になるのが嫌で…とでいきました」 「そう…か…」 (可哀想に…氷…。) と哀れんだ。 晴明も北の方自分の妻の式神に対する恐ろしさを知っていたからだ… 「そんなことより!どんな仕事だったの?もしかして今世間を騒がしている。鬼女の仕事?」 「良く知っていたな~葛葉は世間の噂に聡いな。」 「だって父様の娘だもの~」 実際には頼光に聞くまで知らなかったのだが…その事は口に出さない。 「そうなんだよ。鬼女に怯える公卿たちに祈祷をしにまわっていたからね」 「たいへんね~」 ふぅ~と自分が疲れたような仕種をする。 そんな、葛葉の仕種が愛おしくなって頭を撫でる。 「大変なんだけど、鬼の根元をたてば、怪異はなくなるんだけどね」 「その根元はみつからないの」 「見つかったよ」 「じゃあ、さっさとやっつけちゃえばいいのに」 晴明は苦笑いをした。そして優しく言い聞かすように葛葉に話す。 「葛葉…やっつけちゃえばいいとか、退治してしまうのは簡単だけど、その鬼の立場に立ってみると、あまりのも無念すぎると思わないかい?」 葛葉はハッとした。 人を脅かすのはとても悪いことだけどそれにも理由がある。 男達の身勝手な振る舞いで鬼になる。悲しみを怒りで我を忘れてしまうのは、その男達の所為なのだ。 「なるべく、その鬼の心もくんであげるのが陰陽師というより、人としてやるべきことだ…」 葛葉は自分の考えの浅かったことを恥じる様子でうつむき頷く。 そんな娘を『偉いぞ』というように優しくなでてやる。 「でだ。この仕事…葛葉がやってみるか?」 「え!?」 突然父に思ってもいなかった言葉をいわれて、一瞬意味が飲み込めなかったが、その言葉の意味をりかいする。 「え~~~~~~!それって私が祈祷とか鬼退治をするってこと!」 「うん。前々から、葛葉もやりたがっていただろう?」 「やりたかったけど…私一人で?」 「一人じゃないよ。光栄もきっと手伝ってくれるよ」 「光栄様も!?」 ぱぁあと葛葉の頭は有頂天になっている。 光栄様と一緒に…… だけど、光栄は播磨だ。 それでどうやって、一緒にできるのだろうか? その疑問が過った時、晴明は炎に話し掛ける。 「氷とは連絡できるか?」 「それが…何度もためしたのですが、氷は気を失っているらしくって…」 炎は困ったように言った。 「まったく。氷ってば役立たずなんだから!」 晴明と炎は苦笑いをして葛葉を見た。 「それでは仕方がない、明日連絡をとるとするか」 葛葉は寝床に入っても、興奮のあまりなかなか寝つけなかった。 初めて自分の成果を試せる。 そして何より光栄と一緒に仕事をすることが嬉しくてたまらなかった。 |